こんばんわ!モンです
小林敏明教授からレポが届きました
からたあ・・・・・ってタイトルを見たただけでは
なんのこっちゃ???ですが、実はアノ伝説のカルト的人気を誇る漫画家「つげ義春」
の本を小林教授がドイツ語版に訳した奮闘記です!
つげ義春ファンの皆様俄然大注目ですね!
それでは教授よろしくお願いいたします。
からたあ……ちのはっああな……
これわかりますかねえ。一目ですぐわかった人は「全日本昭和度テスト」(そんなものあるかどうか知りませんが)でも高得点が期待できます。そうです、これは1958年に島倉千代子が歌って大ヒットした「からたち日記」という歌謡曲の一節で、「からたちの花」というフレーズを島倉千代子はこのような節をつけて歌ったのですね。
なぜこれを持ち出したのかというと、じつはこのフレーズがつげ義春の短編漫画「隣りの女」に出てくるのです、しかもこのような表記のままで。そして私は前妻と協力して、このつげの作品を独訳することになり、途方に暮れてしまったと言えば、いくらかドイツとの関連が理解してもらえるでしょうか。
まず「からたち」という木の翻訳が難題。皆さんは「からたちの花」という言葉から何かとても可憐な花のイメージがしませんか。そうです、花は確かに白くて可憐な花なのですが、木の方が問題なのです。そもそも江古田くんだりで「からたち」という植物を知っている人はどのくらいいるんでしょうね。僕の田舎ではこれは「キコク」といって、漢字では「枳穀」と書きます。トゲトゲの細い枝が縦横無尽に張るので、よく垣根などに使われています。そして秋になると、大き目のキンカンのような実が黄色く色づきます。
こういうと、あああれか、と思い当たる人も少なくないでしょう。と同時に「からたち」という聞くからに可憐そうなイメージが急に萎えてしまうのではありませんか。なんせトゲトゲですから。その証拠に、この歌謡曲のフレーズを「キコクの花」に置き換えたら、なんだか島倉千代子まで怖いおばさんのような気がしてきます。言葉はたんに意味が伝わればいいというわけではありませんね。
これをドイツ語にしようというのだから大変です。和独辞典を引くと、この言葉にはたいていdreiblättrige Orange、Bitterzitrone、Poncirus trifoliataの3通りが出てきます。最初の言葉は「三つ葉オレンジ」、二番目は「苦レモン」の意味、三番目は植物学の学術用語です。いずれも島倉千代子の歌謡曲とは合いません。とりわけ最後の「ポンキルス・トリフォリアータ」じゃあ、昭和歌謡どころか、ドイツ民謡でも合いませんね。かといって、自分たちで勝手に別の花にしてしまうわけにもいきません。翻訳はあくまで翻訳なんですから。やむなく訳したのが、
BITTERE ORANGEN BITTERE ORANGEN BITTERE ORAAANGEN JAH ORAAANGEN(ちなみにこれをもう一度日本語に戻してみると、「苦オレンジ 苦オレンジ 苦オレ……ンジ ソレ オレ……ンジ」)
どうです、なんとも間の抜けた話ですが、如何ともしようがない。本歌ではこのフレーズのあとに島倉千代子が甘ったるい声で、「幸せになろうね あの人は言いました わたしは 小さくうなずいただけで 胸がいっぱいでした」というセリフがくるのですが、「苦オレンジ」ではねえ。ダメだとわかっていてもどうしようもないのです。ドイツの読者はきっと日本人というのはわけのわからない情趣を持っているのだなあなどと思うことでしょう、悔しいけど。
たとえば「勿忘草(わすれなぐさ)」などというのだったら、文句なしなんですがねえ。そもそ もこの日本名はドイツ語のVergissmeinnichtを植物学者の川上瀧彌という人が直訳のようにして作った訳語ですから。ちなみに英語もforget-me-notとドイツ語のオリジナルをそのまま生かしています。ドイツ語のオリジナルもなかなかチャーミングですが、日本訳もじつにうまい。 今じゃ、「勿忘草」が直訳語だなんてだれも思わないでしょう。
要するに、何が言いたいかというと、情緒や趣のこもった言葉を既成の言語で翻訳するのはほぼ不可能だということです。簡単な話「love」を「愛する」と訳すか「惚れる」と訳すかだけでも大分雰囲気が違うでしょ。「勿忘草」のように新しく自分で作ってしまえばいいような気もしますが、これも大変な才能が必要となります。とても僕のような者の出る幕はありません。
そういう苦戦を強いられたつげ義春の独訳でしたが、そもそもつげ義春などという、今時日本でも超マイナーな漫画家が、2020年フランスのアングレーム国際漫画祭で特別栄誉賞を受けて、突然ヨーロッパで注目を浴び、しかもそれがドイツ語やフランス語に翻訳出版されるということ自体が面白いじゃありませんか。
ちなみに、つげはこの3月1日付けをもって正式に日本芸術院の新会員に選ばれたそうですが、そんなものが彼にふさわしいのかどうか。インタビューに答えて、本人は戸惑いがちに「自分なんかでよいのだろうか」という言葉を残しています。
あのつげの漫画が注目された60年代、70年代でさえ、つげはマイナーに属する作家でした。これを細々と守り、伝えてきたファンや出版社がおり、それが長い時を経て、突然のようにヨーロッパで開花する。まさにサブカルチャーの真髄ですよね。その一端に寄与できたこと、それが今回の翻訳を一も二もなく引き受けた理由です。
あの茫洋としたリアリズム、達観なのか孤独なのかわからないニヒリズム、たっぷりノスタルジーのこもったシュールレアリスム、そのくせ妙に生々しいヘタウマの猥褻さ等々、つげ漫画にはじつに多様な感性が込められています。ドイツのみならず、日本の若い人たちにも読んでほしいですね。
追伸 記事を送ってホッとしていると、ロシアのウクライナ侵攻のニュースが飛び込んできました。まったく人間って、何考えているんでしょうねえ。これについてはまた改めて。
教授!本日も有難うございました
マイナー作家を細々と守り伝えて来たとまではとうてい言えませんが
つげファンの一人として
今回の独訳版を教授が手掛けたとは嬉しい限りです。
しかし「無能の人」「義男の青春」ドイツ語版だとシュールさが3割増しですね!
次回は是非、つげ作品と言えばコレなコチラもお願いします。
パンデミックの後には大規模な騒乱が起きる
と言う研究結果もあるようですが、正にな事が今現在起きていますね
教授、本日も有難うございました
ロシア、ウクライナ問題についてのレポートも
お待ちいたしております。
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小林 (火曜日, 01 3月 2022 19:27)
『ねじ式』はもう独訳が出ています。
モンです (土曜日, 05 3月 2022 21:11)
小林教授様
「ねじ式」はあるのですね
しかし、漫画は本当に世界の共通語ですね